小説、漫画、映画、ドラマ、アニメ、舞台、私たちは、バラエティーに富んだ数々のエンターテインメントを享受しています。
その中には、一つの作品が軸となり幅広いメディアで展開されるようになったケースも少なくありません。たとえば、大人気のミステリー小説が映画化されたり、その小説を漫画化したコミカライズ版が販売されたり、あるいは英語に翻訳され世界中で愛読されたり。
小説から派生したこれらの作品を、著作権法では「二次的著作物」と呼びます。
そして、さまざまな人々が関わるからこそ、作品ごとにそれぞれ著作権が発生するのです。
自分の好きな作品にどのような権利が発生しているかを知ることは、作品への理解をより深められるきっかけとなるかもしれません。
二次的著作物とは?
あるとき、人気作家のAさんが『小説a』を執筆しました。すると、著作権法上で、Aさんは『小説a』という著作物を生み出した著作者となります。
『小説a』は人気を博し、感銘を受けた舞台作家のBさんが小説を脚本化した『脚本b』を執筆しました。すると、Bさんの書いた『脚本b』は、『小説a』の「二次的著作物」となり、Bさんは「二次的著作物」の著作者となります。
そして、『脚本b』の元になった『小説a』は、「原著作物」という位置づけになります。
次に、Bさんの書いた『脚本b』は翻訳家Cさんによって『翻訳c』になりました。
この場合、基本的には『翻訳c』は『脚本b』の「二次的著作物」となり、『脚本b』は『翻訳c』の「原著作物」となります。また、『小説a』の創作的表現が『翻訳c』に残っている場合は、『翻訳c』は『小説a』の「二次的著作物」にもなります。
二次的著作物を巡る権利
著作権法では、
著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)※著作権法第27条
という権利が定められています。これは、著作物に対して、翻訳したり改変したり、さまざまなメディアで展開したりする権利を著作者が持っているということです。
先に「二次的著作物」の一例としてあげたケースでは、『小説a』を執筆した作家のAさんがこれらの権利を専有していると考えられます。
つまり、Bさんによる脚本化や、Cさんによる翻訳化が、もしAさんに無断で行われているとしたら、BさんとCさんはAさんの権利を侵害していることになるのです。
さらに、「二次的著作物」に関する著作者の権利について、著作権法では以下の内容が定められています。
二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。※著作権法第28条
上記のケースに当てはめると、『小説a』を執筆した作家Aさんは、『脚本b』や『翻訳c』などの「二次的著作物」に対し、「二次的著作物」の著作者である脚本家Bさんや翻訳家Cさんと同等の権利を持っているということになります。
そのため、もしBさんやCさんが自らの二次的著作物をインターネット上で配信したいと思っても、もしそれをAさんの許諾なく行ってしまえば、Aさんの公衆送信権を侵害することになるのです。
一方で、AさんがBさんやCさんの許諾なく『脚本b』『翻訳c』をインターネット上で公開した場合も、著作者に無断で「二次的著作物」を公開したとしてBさん・Cさんの持つ権利の侵害となる可能性があります。
これは、仮にAさんに無断で『脚本b』『翻訳c』が執筆されたとしても、AさんがBさん・Cさんの権利を侵害したという考え方に変わりはありません。
公衆送信権とは
公衆送信権とは、「著作者は、自らの著作物をテレビやラジオ、インターネットなどのメディアで不特定多数の人々に発表する権利を独占できる」「それらのメディアで著作物を広く知らしめる権利を独占できる」という権利です。
BさんやCさんは、『脚本b』『翻訳c』において「二次的著作物」の著作者としての公衆送信権を持っていますが、原著作物『小説a』の著作者であるAさんにも、Bさん・Cさんと同等の権利があります。
著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。著作者は、公衆送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達する権利を専有する。※著作権第23条
二次的著作物となる基準
「二次的著作物」における著作者の権利は、あくまで「二次的著作物」の中で新たに盛り込まれた創作的部分にのみ発生します。
そのため、原著作物と同等の内容である部分においては「二次的著作物」の著作者としての権利はなく、その作品全体に著作者としての権利が生じるわけではないのです。
また、「二次的著作物」とは、原典となる原著作物をよりどころとしており、原著作物の創作的表現をベースに、二次的著作物の著作者による創作的表現が、分離できない状態で加えられた作品を指します。
たとえば、Bさんの書いた『脚本b』において、原著作物である『小説a』のセリフがそのまま使用されていたとします。
この場合、『脚本b』のセリフ部分にBさんの「二次的著作物」としての著作者の権利は発生しません。
そのため、仮にBさんの執筆した脚本が全編を通して『小説a』の表現をそのまま取り入れており、脚色行為が創作的表現といえない場合、Bさんはそもそも「二次的著作物」の著作者に該当しなくなるのです。
一方で、たとえば、仮にDさんという漫画家が『小説a』を大幅に脚色し、最終的には抽象的なアイデアしか利用していないと判断できるような漫画作品ができあがったとします。すると、その作品は『小説a』の創作的表現をアレンジした「二次的著作物」ではなく、まったく新しいDさん自身の著作物となるのです。
同人誌は二次的著作物になるのか
近年、日本のクリエイターが手がける漫画やアニメなどは、ジャパニーズカルチャーとして世界中で人気を博しています。
作品への愛を詰め込んだ同人誌を作成する読者の数も決して少なくありません。それらはコミックマーケットを始めとするさまざまな即売会などで頒布されており、大勢の漫画・アニメファンが列をなす光景はテレビなどのメディアでも数多く報道されています。
では、こうした同人誌は、著作権法においてどのような扱いとなるのでしょうか。
先に述べたとおり、「二次的著作物」とは、「原著作物の著作者による許諾があり、原著作物に依拠しながら新たな創作的表現が切り離せない状態で付加されているもの」といった成立要件があります。
しかし、同人誌の多くは著作者の許諾を得られず作成されているのが現状です。厳密にいえば、著作権法違反となる可能性が高いでしょう。
一方で、そうした同人誌に対して著作者や出版者が、同人誌の発行者に対して刑事告訴や民事訴訟などを行うケースはほとんど見られません。
これには、作品の宣伝活動につながる可能性があるというプラスの要素や、作品への愛が深いからこそ行われるファン活動の一環であるという観点、そして、発行部数が少なく社会的・経済的影響が弱いといった理由があげられるでしょう。
そして同人誌を作成している人々も、著作者や出版社などに迷惑がかからないようにあらゆる工夫をしているようです。
たとえば、公式の作品と見間違えられないよう絵柄を似せすぎないようにする、利益が出ない価格設定をする、公式グッズと混同されそうなグッズを販売しない、など。
こうした双方の配慮があり、著作者・出版社と読者は、持ちつ持たれつの関係を築いています。といっても、これらはあくまで著作権者側が二次創作を黙認しているからこそ日本に根付き、継続している文化のひとつであることを忘れてはなりません。
中には二次創作に関するガイドラインを提示している作品もありますが、明確な線引きをすることは難しいでしょう。度を超えれば著作者の利益を害する可能性もあることを念頭に置き、作風や時代の変遷なども考慮しながら活動することが大切です。
インターネット時代と二次的著作物
インターネットは私たちの社会を大きく変えてきました。その影響を一番受けたものの一つが二次的著作物だと思います。
特にSNSの普及はユーザ一人一人に著作物の利用者として作品の視聴の機会を日常的に、しかも簡易な形で与えると同時に、これを元にした二次的著作物の著作者として作品の発表の機会も与えました。
これにより二次的著作物、さらにこれに基づく二次的著作物のチェーンも含めて、二次的著作物の数を爆発的に増加させています。
2019年7月から1年間にわたり実施してきた著作権侵害簡易判定サービスに持ち込まれた400件超の相談のうち二次的著作物に関するものは60%を超えています。
そのほとんどが、これくらいは侵害にならないのでは、と当初考えられていた相談でしたが、そのうち80%以上が侵害成立と判定したものでした。
ただ、「権利者から許諾を受けることをお勧めします。」という回答コメントを書いていてたびたび思ったことは、おそらく多くの相談者は面倒な許諾依頼はしないのだろうな、ということです。
その一方で、意図しているかどうかはともかくとして、相談者の数よりはるかに多い数の違法な二次的著作物が生まれていることが容易に想像がつきます。これでは、せっかくのインターネットやSNSのパワーも宝の持ち腐れです、
今こそ、インターネット時代にフィットした二次的著作物の創作のための簡易な許諾、ロイヤリティの還元の仕組みが求められているように思います。
まとめ
「二次的著作物」にまつわる権利は、大勢の人々の間で複雑に絡みあっています。ときには、訴訟に発展するケースも珍しくありません。
好きな作品が絶版になってしまったり、地上波で放映されることがなくなってしまったりと、「二次的著作物」を巡って権利が争われ、悲しいできごとを引き起こすこともあるのです。
他方、作品を好きだからといってインターネットに無断でアップロードすれば、それが「二次的著作物」であった場合、原著作物の著作者と「二次的著作物」の著作者、双方の権利を侵害することにもなりえます。
作品はもちろん、その作品にまつわる著作権について理解を深めることで、文化を守り育てることに繋げていきたいものです。