たとえば、あなたが勤めている会社で、あるときPR動画をつくることになったとします。動画には社員が働く光景と自社ビルの周囲の景色に、アニメーション映像を交えることになりました。
社内にはカメラマンやアニメーションをつくれるクリエイターがいません。そこで、社員や景色の撮影はフォトスタジオを運営する企業に、アニメーションの制作はフリーランスのクリエイターに、それぞれ依頼することになりました。
企業に依頼した撮影データと、フリーランスのクリエイターに依頼したアニメーション。二つの素材が揃ったら、次は実際のPR動画作成です。
そこで、今度は映像制作を専門にしている企業へ動画編集を依頼しました。二つの素材を繋ぎあわせ、音楽や音声を入れたり、特殊効果を入れたり。
また、動画は全体で5分程度の長さに収める必要があったので、撮影データとアニメーションは、それぞれカットしたり、順番を入れ替えたりしました。
こうした動画作品には、「著作権」が発生します。また、「著作権」だけでなく、その作品をつくった著作者には「著作者人格権」というものも発生します。
このようにさまざまな企業や人々が関わった作品の場合、それぞれの権利は多方面に影響を及ぼします。だからこそ、まずは「著作権」「著作者人格権」にについてしっかりと理解を深めることがなによりも重要なのです。
この権利を無視してしまうと、せっかくつくったPR動画を発表することができなくなる可能性すら考えられます。
ビジネスを円滑に進めていくためにも、この二つのキーワードをしっかりと頭に入れておきましょう。
著作権とは?
「著作権」とは、作品をつくった著作者が持つ権利です。著作権は譲渡やライセンスをすることもできる財産的な権利なので、「著作財産権」とも呼ばれています。
日本では、著作権には手続きや申請などは必要なく、作品が誕生した瞬間に著作権が発生するという考え方を採用しています。プロやアマチュアなどの括りは問いません。
著作者がつくった作品は著作物と呼ばれ、気候変動などにより自然発生したものではなく、「人の手によってなんらかの感情や意図が表現されてつくられた作品全般」を指します。
著作者がつくった作品は、著作権法で守られています。盗作を防ぎ、著作物および著作者自身への評判や利益などを守ることで文化の発展へと繋げようという願いが込められた法律です。
著作権法は第124条まで条文が存在し、技術の発展と共にその内容も見直しがかけられています。特に、インターネットが普及した現代においては、データのアップロードやダウンロード、コンピュータ・プログラムなどへの関心が高まっています。
著作財産権とインターネット
近年のインターネットの発達と動画等のリッチコンテンツを投稿できるSNSの普及により、著作財産権の侵害をめぐる問題が爆発的に増えてきています。
当事務所で2019年7月から始めた著作権侵害判定の無料相談の回答実績が1年間で400件を超えるまでになりましたが、その半分以上がインターネットや動画サイトに関係する問題でした。著作権侵害の問題がいかに身近になってきたかが分かります。
著作財産権の利用が増えること自体は、社会全体として文化の発展に寄与していることになりますので、喜ばしいことです。これ自体は止める必要はないと思います。
ただその一方で、「うっかり無断使用してしまった」といった「事故」が増えているのも事実です。
世の中にクルマが増えて便利になる過程で事故が多発した時代がありましたが、インターネット時代の著作財産権の世界はまさにそのような状況です。
この便利な世の中にふさわしく、他人の著作物を利用した人がスムーズに権利者から許諾を得てスマートに対価を支払う仕組みが求められているように思います。
著作者人格権とは?
「著作者人格権」とは、著作者の名誉やこだわり、思い入れなど、著作者の人格的利益を保護するためのものです。
著作者人格権には、「公表権」「氏名表示権」「同一性保持権」の、三つの権利が存在します。
公表権
「公表権」は、著作物を公表するのか否か、公表するならいつどのような手段で公表するのか、といったことを決める権利です。
公表の時期や方法は、著作者の人格的利益に大きく関わり、著作物や著作者自身への評価にも大きく影響するものであると考えられています。
氏名表示権
「氏名表示権」は、著作物に使命を記すのか否か、記すのであれば実名や変名などどの氏名をどのように表記するのか、といったことを決める権利です。
たとえ著作物に氏名が記されていたとしても、それが著作者の意に沿わない表記であった場合には、氏名表示権の侵害となります。
同一性保持権
「同一性保持権」は、著作物を無断で改変されることを阻止する権利です。著作物には、著作者のこだわりや思い入れが込められています。
「この作品は私の手で完結しているから、誰の手も加えないでほしい」という思いを持つ著作者にとって、無断で第三者に手を加えられることは名誉を傷つける行為となるでしょう。
著作者人格権を巡る権利
「著作者人格権」は著作者にあります。では、冒頭で例示したケースのように、企業と個人、それぞれに作品の制作を依頼した場合はどうなるのでしょうか。
まず、個人のクリエイターの場合は、クリエイター自身が著作者となります。しかし、企業に属するカメラマンの場合は異なります。
今回のケースでは、フリーランス契約ではなく自社の業務として撮影を担っているため、「職務著作」としてカメラマンの所属企業が著作者となるのです。
そして、「著作者人格権」は譲渡することができません。
著作権は、著作物を財産的な価値とみなして譲渡することができますが、「著作者人格権」は著作者の名誉や思い入れを守るための権利です。
そうした価値は誰かに譲渡できるものではないと考えられているため、仮に著作権を譲渡したとしても、「著作者人格権」は著作者に残ります。
また、「著作者人格権」は、著作者の死亡および職務著作者である企業の解散や破綻により消滅します。
一定の期間は定められていません。しかし、著作者の死後も著作者人格権を侵害するような行為は禁止されています。
「著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。」
(著作権法第60条より)
著作者人格権の不行使
では、こうした法律を踏まえたうえで冒頭のPR動画を制作・公開するには、どうすればいいのでしょうか。
要点を整理すると、あなたが勤めている会社は、二つの企業と一人のクリエイターに、それぞれ撮影やアニメーション制作、動画編集などを依頼しています。
社員や風景を撮影したカメラマンが所属するA社、アニメーションを制作したフリーランスのクリエイターB氏、そしてA社とB氏が制作した映像素材の編集を担ったC社。この三者はみな著作者であり、それぞれに「著作者人格権」が発生します。
ここで、「著作者人格権」が行使された際の課題をあげてみます。
たとえば、A社とB氏が著作物(映像)を改変されたくないという意向を持っている場合、C社に動画編集を依頼することができなくなってしまいます。
ここでA社とB氏の承諾を得ないまま動画編集を実行してしまうと、「著作者人格権」の侵害となるのです。
もちろん、著作物の改変が権利の侵害となるケースはC社に限りません。仮に他社へ依頼せず、あなたやあなた以外の自社の社員が動画編集をしたとしても、それはA社とB氏の許諾を得ずに無断で改変したことになるのです。
また、A社・B氏・C社がそれぞれ公開の可否や時期、公開方法などの希望を持っていたとします。それらがあなたの勤めている会社の計画に沿わなかった場合、せっかくのプロモーションが水の泡になってしまうかもしれません。
そこで、こうしたケースでは、企業や個人との契約書に「著作者人格権の不行使条項」を記載します。
先に述べたとおり、「著作者人格権」は著作権とは異なり、権利そのものを譲渡するこができません。そのため、契約書に「著作者人格権の不行使」という条項を盛り込むことで、企業や個人のクリエイターに著作者人格権を行使しないことを約束してもらうのです。
これにより、「公表権」「氏名表示権」「同一性保持権」の課題がクリアになり、公開の可否・時期・手段や氏名の表記、動画編集などがあなたの勤めている会社の意思で行えるようになります。
まとめ
スマートフォンの普及によりインターネットがより身近になった昨今では、著作権の線引きが曖昧になり、無断転載や加工などの問題があとを断ちません。しかし、写真一つ、イラスト一つでも、それ
は立派な著作物であり、著作者が存在し、さまざまな思い入れが込められています。
「著作者人格権」とは、そうした著作者と著作物に対して敬意を払い、その名誉を貶めないためになくてはならない権利なのです。