音楽の著作権侵害とは?2つの訴訟事例を弁理士が詳しく解説 | 著作権侵害判定サイト

音楽の著作権侵害とは?2つの訴訟事例を弁理士が詳しく解説

Chosakukenshingai 著作権

街中で耳にした人気アーティストの新曲。初めて聴いたはずなのに、「なんだか聴き覚えがあるなぁ」「○○という曲に似ているなぁ」なんて思ったことはありませんか?

あるいは、好きなアーティストの楽曲がSNSなどで「○○のパクリ」と言われているのを見て、傷ついたことがあるという方もいるかもしれません。

著作権侵害の事例

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その場合、もしも実際に盗作であるとして訴訟が起こったら、どのような可能性が考えられるかを知っておきたいですよね。そこで、音楽著作物の類似性をめぐる過去の事例を振り返りながら、要点を解説していきます。

ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー事件

概要

1963年に発表された『ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー』。石原裕次郎、越路吹雪、日野てる子といった当時の人気歌手が歌唱し、人気を博しました。

しかし、この楽曲の作詞・作曲者である鈴木道明氏と、鈴木氏から著作権の譲渡を受けていた株式会社日音は、アメリカの音楽出版社であるレミック・ミュージック・コーポレーションから「著作権の侵害」を理由に訴訟を提起されたのです。

レミック・ミュージック・コーポレーション側は、映画『ムーラン・ルージュ』の主題歌であり同社が管理している楽曲『夢破れし並木道』と、『ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー』の旋律が類似していると主張しています。

そして、類似楽曲を東芝音楽工業(現ユニバーサルミュージック)をはじめとする数社にレコード販売目的で複製させたことが「著作権の侵害」にあたると訴えていました。

判決

第一審判決で、東京地裁はレミック・ミュージック・コーポレーション側の訴えを退けました。「音楽は旋律、和声、リズム、形式の四つの要素からなる」と定義したうえで、四要素を総合的に比較検討し、楽曲同士の類似性を否定したのです。

レミック・ミュージック・コーポレーション側は第一審判決を不服として控訴しますが、控訴審判決でも控訴は棄却されました。

さらに、最高裁判決でレミック・ミュージック・コーポレーション側の上告が棄却され、「著作権の侵害にはならない」という判決が確定したのです。

ポイント

「著作権の侵害」を認める要件は、「被告が原告の著作物に依拠し、同一または類似する著作物を作成・利用していること」です。依拠とは、「よりどころにする」ことを意味します。

これをワン・レイニーナイト・イン・トーキョー事件に置き換えると、「被告(『ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー』の作詞・作曲を担当した鈴木氏と、権利を譲渡された株式会社日音)が、原告の著作物(『夢破れし並木道』)を基にして楽曲をつくり、レコード販売などを行なったか否か」が争点となります。

これを受け、鈴木氏は『夢破れし並木道』を知らなかったことを訴え、判決ではこの主張が認められました。『ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー』が発表された1963年当時、『夢破れし並木道』は、一部の音楽専門家や愛好家に知られていたに過ぎず、すべての音楽関係者や愛好家が知っていたと断言できるほど著名ではなかった、という見解が示されたのです。

鈴木氏は『ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー』を作曲した当時、東京放送(現TBS)に勤めており、1952年頃にはレコード係も務めていたといいます。しかし、そうした経歴には1934年に映画主題歌となった『夢破れし並木道』を知っていなければならないとする特段の事情が認められないと判断されたのです。

また、類似性が訴えられていた旋律においても、「流行歌でよく用いられている音型に属しており、類似のものが偶然現れる可能性は少なくない」「『ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー』には『夢破れし並木道』にはみられない旋律が含まれる」として、該当箇所の類似性が否定されました。

注意点

ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー事件は、「『偶然の暗合』は著作権侵害にならない」ことを示した代表的な事例です。

前述のとおり、「著作権侵害」の争点は、「被告が原告の著作物に依拠し、同一または類似する著作物を作成・利用していること」ですが、これには「依拠」と「再製」の二つの要素があります。

この一件では、まず第一審で「著作物が盗作ではない、つまり同一または類似ではない」との判断から「再製」が否定され、その後の控訴審判決と最高判決で「『ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー』が『夢破れし並木道』を基に作成されていない」として「依拠」が否定されました。

この判決は、あくまで「鈴木氏が『夢破れし並木道』を知らなかったこと」「楽曲の類似性が認められなかったこと」により下されたものです。

この「依拠」と「再製」の判断は難しく、たとえば、他人がつくった楽曲とまったく同一の楽曲が作成されたとしても、オリジナルを知らずに独自で創作した結果、同一の楽曲が作成されたという事実が認められれば、「著作権の侵害」は成立しません。つまり、被告が原著作物にアクセスしたことがあるか否かが重要な基準となるのです。

しかし、仮にAさんのつくった楽曲をBさんが違法複製し、さらにそれをCさんが無断利用した場合、その違法複製された楽曲にAさんの創作的表現が認められれば、CさんはAさんの楽曲にアクセスしたことがなくとも、Cさんは「Aさんの著作物に依拠した」と判断されます。

この「依拠」と「再製」でより身近に思い出されるのは「2020年夏季オリンピックのエンブレム問題」ではないでしょうか。

創作者である佐野研二郎氏は、「盗作」とされたベルギーのリエージュ劇場のロゴは全く知らないもので制作時に参考にした事実はないとしています。

すなわち、上記の「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー事件」と同様に、たまたま似たものができたかもしれないが、「依拠」と「再製」の事実はない、という主張です。

さらに、双方ともに「T」や「L」のアルファベットのロゴタイプそのものに近い比較的シンプルなデザインであったことから、著作物としての創作性が高いとは言えず、「たまたま似たものができる」確率も高い作品同士であったともいえるでしょう。

この問題は、大会組織委員会が佐野氏の案の仕様の中止を決定し、これを受けてベルギー側が裁判を取り下げたため、真相は不明なままですが、「依拠」や「再製」の立証は通常は困難で、係争が泥沼化する要因となっています。

そこで、当事務所でもアドバイスしていることは、デザインや音楽などの創作の過程を、研究者(特許発明者)のラボ・ノートのようにタイムスタンプや電子公証で証拠保全して残しておくことです。

「コピーはオリジナルより先には生まれ得ない」ことから、自らの創作活動の「足跡」を第三者性を以て残しておくことで、このような「不測の事態」に備えておくのです。

上記のエンブレム問題でも、佐野氏や大会組織委員会の説明や釈明の仕方は二転三転し、お世辞にも良いとは言い切れなかったわけですが、自らの創作過程の足跡を残しておくことで、将来盗作問題が持ち上がった時に「オリジナル」の創作過程を適切に示すことが可能になります。

SNSの発達により、盗作(パクリ)問題は佐野氏のようなプロのデザイナーだけではなく、私たち一人一人の問題にもなりつつあります。こうしたときに、自らの創作の「足跡」を残しておくことで、万が一裁判となった場合にも、有利に審理を進めることができるでしょう。

まさに、お互いの作品の価値を尊重しつつも、「備えあれば憂いなし」を実現する習慣を少しでも世の中に広めていきたいと思っています。

記念樹事件

概要

1992年に発表された『記念樹』。フジテレビのトークバラエティ番組『あっぱれさんま大先生』のエンディングテーマであり、全国の小学校で歌唱や演奏されるなど、多くの人々に親しまれた楽曲です。

これに対し、著作権を侵害していると抗議していたのが小林亜星氏。『記念樹』が、自身が作曲してCMソングになった1962年発表の『どこまでも行こう』の盗作であると訴えていました。

しかし、『記念樹』を作曲した服部克久氏はこれを認めず、両者の主張が平行線を辿った結果、1998年に訴訟へと発展。『どこまでも行こう』を作曲した小林氏と、同曲の著作権を持つ金井音楽出版は、服部氏に対して複製権を侵害したとして損害賠償を請求する裁判を起こしました。

判決

第一審判決で、東京地裁は小林氏側の請求をすべて棄却。「対比すると一部に相当程度の類似するフレーズが見られるものの、全体として『記念樹』と『どこまでも行こう』に同一性は認められない」との判決が下されました。

これを不服とした小林氏側は、このとき、当初主張していた複製権の侵害を撤回。編曲権の侵害を主張し、控訴しました。これを受け、東京高裁は「メロディーの始まりと終わりの何音かが同じである」「メロディーの72パーセントが同じ高さの音である」と判断。

表現上に本質的な特徴の同一性があるとして、『記念樹』が『どこまでも行こう』に依拠して作曲されたものであると認定しました。

その結果、小林氏の著作者人格権のうち「氏名表示権」と「同一性保持権」が侵害されていること、金井音楽出版の「編曲権」が侵害されていることを肯定し、服部氏に約940万円の損害賠償を命じたのです。

そして2003年3月11日、服部氏側が判決を不服として行なわれた最高裁判決で、服部氏の上告を不受理とする判断が下され、『記念樹』は著作権法違反にあたる楽曲であることが確定しました。

世間への影響

このニュースは世間の注目を大きく集め、

  • 『記念樹』は紛れもない盗作である
  • 音楽理論に基づいて作曲すれば、この程度の類似は珍しくない。まったくの別ものである

など、現在でも世論は二分しています。

しかし、最高裁で『記念樹』が著作権法違反であるとの判決を下された結果、作曲者の服部氏はJASRACの理事を辞任。テレビ局、音楽出版社、レコード会社などに対して総額2338万9710円もの損害賠償を命じられました。

さらに、エンディングテーマとして起用されていた『あっぱれさんま大先生』において同曲の使用が中止され、小学校など同曲を使用する可能性がある団体に対して歌唱や演奏の中止が求められるなど、社会的に大きな影響を及ぼしました。

上記の二つの事件で共通の論点は、盗作とされる作品が、オリジナルの「表現上の本質的な特徴の同一性」を維持したまま、新たな著作物を創作(翻案)したものといえるかどうかです。

こうした著作物のことを「二次的著作物」といい、二次的著作物の利用(使用や収益)には、オリジナルの原著作者の権利が及び、許諾が必要となります。

実際のところ、二つの事件の経緯・裁判所の判断の帰趨を見ても分かる通り、どこまでが似ているとされ、どれほどであれば似ていないといえるのかの判断は、専門家から見ても非常に困難です。

そして、重要なことは、様々な著作物の創作活動において、他人の作品に触れ、インスピレーションを得て、自らの作品を創作し、それがまた他人の作品にも影響を与える、といった行為の繰り返しが芸術・文化の発展を支えてきた、という事実です。

例えば、他人の作品を見て、その表現形式ではなく、そこから得られたインスピレーションやアイディアを元にして、新たな作品を作った場合、これは二次的著作物とは言えず、原著作者の許諾なくりようすることができるのです。

著作権法の最終目的は「文化の発展」ですが、実際のところ、原著作者の許諾が必要な「二次的著作物」に当たるのか否かの判断は非常に難しいのです。

こうしたインスピレーションの連鎖を無用に抑圧することなく、SNS全盛の現代において、誰もが自らの創作作品をシェア・拡散し、ますます文化の発展を加速するためには、積極的に原著作者にアクセスし、許諾や収益の配分がスムーズに行われる「しくみ」が求められているといえるでしょう。

インターネットやAI、ブロックチェーンが進化した現代においては、かつては不可能であったことがどんどんできるようになってきています。

私はこのようなテクノロジーを用いることにより、すべての人のスムーズな創作活動を支え、かつてないスピードで文化の発展が進む世の中を作ることができるのではないかと考えています。

まとめ

今回は音楽業界を例にあげましたが、著作権侵害にまつわる火種は私たちの身近な場所で燻っています。昨今では、インターネットの普及・浸透により、多くの人々が日常生活で気軽に音楽や映像、画像にアクセスできる機会を得られるようになりました。

その中で私たちにできることは、便利なシステムを活用しながらも、インターネットの海に無数に漂うコンテンツの一つひとつが誰かの著作物であることを理解し、尊重し続けることではないでしょうか。